私もこの前行ってきました行方不明展の企画もなさってます「株式会社闇」さんのところで編著されたホラーアンソロジー。
ホラーって200種類あんねん、と誰かが言っていたように、近年ではホラーも非常に細分化されているそうで。
そこで本書は恐怖の対象が何であるかに着目し「Who(人)」「What(人以外)」「Why(理由/動機)」「Where(場所)」「When(時)」「How(表現方法)」という5つにジャンル分けをして、それぞれホラーの名手がお話を書いているという形式になっています。
こういう多くの作家が合同で作るリレー形式やアンソロジー形式は、作風の統一感がなくてどうしてもちぐはぐした印象になりがちなのですが、そもそもジャンルが違うんだったという前提で見るとそれぞれの個性がより際立って良いですね。
さて本編。普通にネタバレあります。
「Who」に分類されるのはそのものずばり幽霊怖ァ~! 系のお話。ホラーの王道。ホラーといえばで誰もが思い浮かべる存在。
これを一番目に持ってきてくれたのは、ホラーのガイド本としてとても親切だと思いました。
前置き部分で、ホラーにはジャンルがあって~云々というくだりを読んでいて、なるほど分かったような分からないようなという一抹の不安を感じていたのですが、澤村伊智さんの心霊ホラー小説とそのあとにくっついている解説を読んで、この本のノリが掴めました。
そう、この解説がまた骨太で読み応えがあって面白いです。
独自に作ったジャンルに対する持論を展開するのではなくて、寄稿された(という言い方であっているのかな?)作品の見どころを語り尽くしてくれています。
そんな漫才のネタ解説みたいなことしちゃっていいのか?! という感じなのですが、自力では気づけなかった描写の意味を知って、もう一度本編を読みたくなる仕掛けになっています。
「What」の章は、映画でいうとエクソシストとか、エイリアンとかそういう感じ?
幽霊とは違う、悪魔やモンスターといった人知の及ばぬものに対する恐怖を描いた作品を指すようです。
因習村で祀られている古い神が引き起こす祟りとかもおそらくこれに該当するのだと思います。
いまいちピンときていないのは、多分私的にはあまり怖いと思うジャンルではないからなのでしょう。
ヴァンパイアやゾンビがポップな姿で描かれているのを見慣れ過ぎた弊害かもしれません。
あとは、「さよならブンブン」を読んで、怪物は言葉を喋ってはならないというのは本当だなーとちょっと思ったのでした。
「Why」はサスペンスホラーに代表されるような、事件の真相を知ってぞっとする系、意味が分かると怖い話。
これはとても好きです。
雨穴さんの「告発者」は、主人公の感情と同期して緊迫感や不安を味わい、終盤のネタばらしターンですべての謎が繋がる爽快感にも似た気持ち良さと同時に、取り返しのつかなさへの絶望に襲われ、ラストの展開で途方に暮れる。
舞台が現代なだけにリアルに状況が想像できてしまって、自分だったら……と考えて別の意味でもぞっとしてしまいました。
これについてはは登場人物が純粋な人間のみなので、ヒトコワ系ともいえなくもない? そういう視点で見れば「Who」ジャンルでもあるし、いくつもの要素を含んだ物語でもあったのかと思います。
あと、この人この後どうなっちゃうんだろうな、という可哀想可愛い目線でも非常にhappyなお話でした。
「Where」は場所に由来する恐怖。
一例としてシチュエーションホラーがあり、棺の中に閉じ込められた男を描いた映画「リミット」を観て瀕死になった私としては非常に動悸がした章でした。
近年起こった潜水艇タイタンの事故は概要を知ったとき痛ましく思いましたが、それ以上に潜水艇そのものの狭さにぞわぞわしていました。
閉塞した場所って何故あんなに恐ろしいのでしょうか? 家具と家具の隙間は平気なのですが、ベッドの下は潜ることを想像するだけで心臓がどきどきしてきます。満員電車は若干平気なので、この違いは何なのか不思議です。
高所恐怖症や広場恐怖症など、場所に関する恐怖は多くあります。
ただの場所なのに、感じる恐怖の度合いが人によって異なるというのはとても興味深いです。
「とざし念仏」は、ドラム缶の中に閉じ込められるという物理的な閉塞感と同時に、クラスの中で孤立するという精神的な閉塞感を描いていて、二重の息苦しさを感じました。
作者の五味弘文さんはおそらく初見の作家さんなのですが、今回読んでファンになりました。
「When」は時間と空間がもたらす恐怖と本書では定義されています。
いまいち正体を掴みかねるのですが、代表例としてSFホラーが挙げられています。
アンドロイドの反乱とか、未来のテクノロジーを恐ろしいものとして描写するジャンルということだと解釈しました。
鉄腕アトムやドラえもんに馴染んだ日本人はロボットを好意的に見ている説を実証するかのように、私はあまり怖いとは思わない? というか、これに対しては恐怖というよりも懸念といったほうがしっくりくるような感情をおぼえます。
あとは、純粋に近未来という言葉の響きがワクワクしすぎて。
こういうホラーもあるのですね。
「How」は恐怖の対象ではなく、どのように表現するか? に主眼を置いた分類なのだそうです。
漫画や動画、怪談ライブなんかもこのへんに入ってきたりするのでしょうか。
この章にはホラーを「語る」ということで、田中俊行さんの実話怪談が載っていました。
最後によく見知ったジャンルにたどりつき、改めて怖~となった次第です。
解説中にも述べられていましたが、実話怪談は語り手の個性が出ますよね。
同じ話を題材にして怪談テラーの方々が語り比べをする企画なんてものを見てみたいな~と一般聴衆としては思うのでした。
実話怪談はいいぞ。Youtubeなどで探せばいっぱい出てくるのでおすすめです。
そして、その布教に使えとばかりに田中さんの実際の語りを収録した音声ファイルが付いています。今はこんなこともできるんですね。まさしく「How」の章にふさわしい工夫かと思います。
聞いていて思ったのですが、文字だとページを開いた時に視界に単語が入ってくるのでうっすらその後の展開を予期できるといえなくもないのです。
一方で聴覚オンリーでは、相手がしゃべるまで話がどう転がるか分からない。
だから一瞬のタメに思わず意識をぐっと引き込まれますし、言葉を選ぶような間があるとリアリティを感じる。
もちろん原稿があってそれをしゃべっているのは分かっているのですが、よりフィクション感が薄まる感覚が出る気がします。
恐怖演出や効果音をモリモリにするのではなくて、日常会話っぽさに近づけてリアリティを出すことが怖さにつながる……現実と地続きであることが、怖さの要素なんですね。
「民法第961条」は梨さん執筆のモキュメンタリーホラー。相変わらず、一回読んだだけでは全貌が分からず何度も読み返したりネットで調べたりしてどうにかそれっぽい解釈ができた感じです。
〇話を整理すると、
中学生の真莉が「十四歳の世渡り術」という読んだら怖くなる本についての噂を紬から聞く
↓
真莉が、紬と数人の女子が「十四歳の世渡り術」を手にして遺言書を作成している現場に出くわす
↓
紬と数人の女子が失踪(中学在学中)
……ということがあったんだぜ、という話を、真莉が高校の文芸誌に寄稿する
↓
真莉が大学卒業と同時に失踪
……ということがあったんだぜ、という話を「筆者」がする。
……ところで、「筆者」のところに真莉から遺言書が届いて何かを相続してもらえたんだけど、折角だからこれ読者の皆にもおすそわけするね!
という構成でいいのかな?
読んでて疑問に思った「筆者」は何者? についてですが、真莉の語りの中に出てきた文芸部員仲間ではないかな? と思います。
中学時代の同級生ということで年頃も一致するし、封筒の差出人と真莉の本名が一致していることを知っている点からも間違いないかと。
で、★効果的な遺言を書くための道筋★のフローチャートを見るに、筆者のもとに遺言書が届いたということは、名前と住所はすでに知られている。遺言書には筆者の氏名と生年月日も書かれているので、Aタイプの要件を満たした筆者が何かを相続させられたということは確定的に明らか。Aタイプって何や……
というか、筆者が途中から様子のおかしい人になっているし、もう完全に相続させられちゃっているし、遺言書の「2.遺言者は、遺言者の有する一切の存在をお前に相続させます。」の「お前」に二重線が引かれて手書きで「みんな」になってるのこわい。てかこれ筆者がやったでしょ。呪いを拡散させるのやめろ。
世渡りとは社会を意味するのではなく、あの世へ渡るという意味であり。遺言ということは、もうこの世にいないという意味であり。存在を相続させるとは一体……。
ところで、民法第961条は「十五歳に達した者は遺言をすることができる」という遺言が有効になる年齢について定めた法令のようです。
つまり十四歳で作成した遺言は無効なので、十四歳では「世渡り」や「相続させること」はまだできないはずで。
しかし十五歳になった途端にそれは爆発する可能性を秘めている。
これを読んだ者はすでに爆弾を手渡されたのと同義なのでしょう。
本書「ホラーの扉」が学級文庫として中学校に配備されることを見越して、読者が十四歳のうちに不穏の種をまいておこうという悪意を感じてぞっとさせられました。
そして、14歳の世渡り術シリーズというのが実際にあるんですね。その正規の(?)本に擬態してこの世には恐ろしいものが出回っているかもしれませんよ……ということなのでしょう。
まさに、現実自体を物語に取り込むモキュメンタリーホラーそのもの。国は今すぐ有害図書に指定してください。
読む前は、これ解説っているんだろうか? と思っていたのですが、解説こそが重要でした。
読めば幽霊のようにぼんやりとしていたホラーというジャンルの解像度が上がります。
「和」「洋」みたいなことだけじゃない軸でもホラーを捉えなおして新ジャンルだってぶち上げていこうぜ! な企画者たちの意気込みを感じる一作でした。